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Photo & Essay

◎  「受胎告知」 


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「受胎告知」

倉敷へ行ってきました。
倉敷といえば、
大原美術館。
大原美術館といえば、
エルグレコの「受胎告知」。

ちょうど、
東京都立美術館で、
エルグレコ展が始まりました。

「受胎告知」をはじめ、
名画も見たいし、
美観地区の景観も楽しみたいし、
ということで、
10年ぶりの倉敷でした。

オフシーズンで、
新幹線も、ホテルも、美術館も、レストランも、
みんな空いていて、
寒いけれども、
天候にも恵まれて、
ゆったりとした時間を過ごすことができました。

写真はいっぱい撮ってきました。
どこから?
と思案した結果、
花嫁さんにしました。


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美術館を半分見て、
昼食のために出てきました。

細い川(倉敷川)の向こう側に、
花嫁さんが出てきました。

格式ありそうな旅館。
ここで式を挙げたのでしょう。



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水に映った花嫁御寮。



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花婿さんと一緒に橋を渡ります。



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花嫁の襟足の美しいこと!!!

このあとレストランに行って、
ゆっくりと昼食を取り、
戻って来て、
写真を撮っていたら、
また新婚さんが出てきました。
(さっきから約2時間後)



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花嫁さんは白無垢に着替えていました。
船に乗りこむところです。



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暇はたっぷりあるので、
ゆっくりと見ていましたが、
二人が乗り込んで漕ぎ出すまで、
大分時間が掛かりました。

ようやく準備完了。
船頭さんが「長持ち歌」を歌いながら漕ぎ始めました。

ちなみに、
この日は1月23日(大安)でした。


さて、
最初に載せた「受胎告知」は、
聖母マリアの元に、
大天使ガブリエルが飛来して、
神の子(イエス)を宿したことを告げる場面です。

イエスが生まれたのが、
12月25日のクリスマス。
受胎告知は3月25日の出来事とされています。

この花嫁さんが受胎告知を受けるのも、
同じ頃かも知れません。


◎  倉敷川 

昨日は新婚さんが船に乗った写真でしたので、
今日は、
その船を浮かべた川、
倉敷川です。


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倉敷川に架かる「今橋」。

大原美術館前にあります。
向こう岸の茶色の塀が廻っている家は、
大原家の別邸「有隣荘」です。



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「今橋」の下で白鳥がポーズを取ってくれました。
金網が張られていて、
橋の向うへ行けないようになっています。

こちら側は?
というと、
倉敷川は今橋から上流、
50mほどで終わっていて、
その先はありません。
下流は児島湖という人造湖につながっているそうです。



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結婚式のあった日は、
波がほとんどなく、
白壁の建物の影を映していました。

川沿いの並木は柳で、
倉敷美観地区のシンボルでもあるのですが、
葉がないので、
淋しい風景です。



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川の右岸には、
ネックレースなどの装飾品を売る店(?)が並んでいました。
観光客も少なくて、
暇なようで、
製品作りに精を出しています。



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「中橋」。
「今橋」の次の橋です。
向うに見えるのは観光案内所。


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「中橋」から「今橋」の方を望みます。
露店があったのとは反対側の岸です。



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「中橋」から川はほぼ直角に曲がります。
誰も乗っていない小舟が1艘。
この隣にあった小舟が花嫁さんを乗せているのです。


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更に下ると「高砂橋」です。
その橋の上から「中橋」の方を望みます。

オフシーズンのウィークディ、
観光客はまばらです。


◎  大原美術館 

倉敷といえば大原美術館。
しかし「館内撮影不可」ですから、
撮れた所だけの紹介です。


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本館ファサード(建築正面)。

ギリシャ風建築。
イオニア式で、
2本の円柱は中ほどが太くなっているエンタシス。

所蔵美術品は古代というより、
印象派以後が主体で、
エルグレコの「受胎告知」(1590〜1603ころ)は、
飛び抜けて古い作品です。



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正面の円柱の両側にロダンの彫刻が置かれています。
これは向かって右側の「カレーの市民」
元来は6人の群像で、
東京の国立西洋美術館の前庭に全像が揃っています。


【カレーの市民について(Wikipediaより抜粋)】
イングランド王のエドワード3世は、
クレシーの戦いで勝利を収めた後カレーを包囲したので、
フランスのフィリップ6世は、
なんとしても持ちこたえるようにカレー市に指令した。
しかし飢餓のためカレー市は降伏交渉を余儀なくされた。
エドワード王は、
市の主要メンバー6人が自分の元へ出頭すれば市の人々は救うと持ちかけたが、
それは6人の処刑を意味していた。

6人の指導的な市民が志願し、
やせ衰えた姿で城門へと歩いた。
まさにこの、敗北、英雄的自己犠牲、
死に直面した恐怖の交錯する瞬間をロダンは捉え、
強調し、迫力ある群像を作り出したのである。




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左側は「説教する洗礼者ヨハネ」です。

ヨルダン川でイエスらに洗礼を授けた人。
ヨハネは当時の領主ヘロデ王の結婚を非難したため、
捕らえられ、
首をはねられて処刑されました。

ヨハネの死の顛末は、
オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」の題材になっています。
サロメはヘロデ王の娘で、
ヨハネに恋しますが、
受け入れられず、
それを怨んで、
父王に「ヨハネの首が欲しい」とねだり・・・



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館内は撮影禁止ですが、
窓の外を撮るのならいいだろうと・・・



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館外に出てから、
さっきの丸窓を撮りました。



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本館のすぐ脇にあるカフェ「エル・グレコ」。
初めて入ってみましたが、
今風ではない、
分厚い木の板の長いテーブルと長椅子に、
「おっ」と思いました。

コーヒーを飲みましたが、
後で知るとカステラが美味しいとか・・・
残念でした。


◎  新渓園 

大原美術館の中は幾つかに分かれています。

「本館」には『受胎告知』と西洋の近現代の絵画・彫刻が展示されていて、
その脇には「工芸・東洋館」、
本館の裏に「新渓園」、
その先に「分館」、
さらに、
離れた別の敷地に「児島虎次郎記念館」、
があります。

今日は「新渓園」です。
明治26年に倉敷紡績の初代社長大原孝四郎氏の別荘として建設されましたが、
大正11年に倉敷市に寄贈され、
現在は市の管理下にあります。
和風の建物、お茶室、庭園などがあります。


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美術館の内部から回りましたので、
門の内側です。
表に回ってみると、
門柱には「新渓園」と書いた板が下がっています。
前回のギリシャ風ファサードが正門であるのに対して、
これは横門ということになります。



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お茶室「游心亭」の前に置かれた大きな急須です。



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「新渓園」の門の脇の小さな小屋と園内の小径。
門番小屋かと思われます。
山茶花の木がもうちょっと大きくて、
花が沢山ついていれば・・・
と思いましたが、
このくらいが茶の湯に合うのかも知れません。



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母屋。
お庭だけ見て、
母屋には寄らないで、
分館に行ってしまったのですが、
戸が開け放ってあるところを見ると、
中に入れたのかも知れません。
残念でした。



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かなり大きな椿の木に花がついていましたが、
うまく撮れなかったので、
落ち椿を1輪。



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池には錦鯉が多数泳いでいました。


◎  分館と工芸・東洋館 

大原美術館の「分館」は、
建物としては面白くないので、
撮ってありません。

ここには、
日本の近代洋画から現在活躍する作家たちの作品が、
展示されていますが、
地下室に、
最近の作品が集めてありました。

2012年までの、
ほんとに最近の作品が展示されていて、
これが面白いのです。
現代絵画というと、
何だかわけの分からない抽象画のイメージがありますが、
そうではない・・・
写真が撮れないので説明できないのですが、
面白い、興味深い、楽しい作品が並んでいました。


次は「工芸・東洋館」です。
こちらは白砂の中庭を囲んでコの字型に並んだ蔵造りの建物群で、
内部が撮れなくても、
外観だけでも撮る価値があります。


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入り口。



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濱田庄司室。
(陶芸家:1894〜1978)


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1階:バーナード・リーチ室。
(イギリス人陶芸家:1887〜1979)

2階:富本憲吉室。
(陶芸家:1886〜1963)



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前に街灯が立っている建物が、
河合寛次郎室。
(陶芸家:1890〜1966)



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左側の白い建物が、
棟方志功室。
(版画家:1903〜1975)

赤い建物が、
芹沢銈介室。
(染色工芸家:1895〜1984)

右端の白い建物が、
東洋館で、
石仏などが展示されています。



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「工芸・東洋館」入り口脇の花です。
手水鉢の上に、
菜の花と蝋梅。


陶器や版画などの作品は無理としても、
屋内の梁や階段などに興味を惹かれましたが、
「館内撮影禁止」でした。


◎  児島虎次郎記念館とアイビースクェア 

「児島虎次郎記念館」は「アイビースクェア」の一画にあります。


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アイビースクェア入り口のアーチ。
1/3くらいしか写っていませんが。
全体では”KRASHIKI IVY SQUARE” と書いてあります。

アイビースクェアには、
ホテル、レストラン、多目的ホール、倉紡記念館、児島虎次郎記念館などがあります。



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児島虎次郎記念館。

児島虎次郎(1881〜1929)は画家で、
倉敷紡績の経営者、大原孫三郎の支援により、
ヨーロッパに留学しましたが、
西洋の美術作品を購入して、
若い日本人画家に見せて参考にさせたいと考え、
孫三郎の許可を得て多くの作品を選定・購入しました。

彼の死の翌年昭和5年(1930)に、
虎次郎の業績を記念するために大原美術館が創立されました。
現在、虎次郎自身の作品はこの記念館に収蔵されています。
彼の絵の他に、
彼が収集したエジプトやオリエント、中国などの古美術品も展示されています。



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オルゴール館の窓と山茶花。



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倉紡記念館。



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この建物は倉敷紡績の発祥工場で明治22年(1889)に建設された。
設計は、日本最初の紡績工場(鹿児島紡績所)を建設した石河正龍らによるもので、
今日わが国に残存する最も古い紡績工場の代表的な一つとなっている。
純英国風といわれる鋸型の屋根、赤いレンガの外壁、半円形の窓など
当時の面影をそのままとどめている。
この工場は昭和20年(1945)終戦とともに長年に亘る操業(綿紡績)に終止符を打ち、
休止工場として保存されていたものを昭和49年(1974)に改装した。

(説明板による)



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壁面を覆う蔦はすっかり枯れています。
アイビースクェアの名はこの蔦からきているのに・・・

つた(ぶどう科)
別名(なつづた・あまづら)
平安時代には早春に、
この幹から液をとり煮詰めて甘味料を採った。
砂糖のなかった時代の甘味料として珍鳥されたことが、
古今著門集・源氏物語・古事談・尺素往来等の書物にのせられている。
ただし、葉は食用にならない。

落葉性のこの”なつづた”に対して
常緑の”ふゆづた”があるがこれは「うこぎ科」に属する。
この壁面の”つた”は昭和の初期に
西日のために室温の上昇するのを防ぐため
植えられたものである。

(説明板による)



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倉敷アイビースクェアの広場。
周囲はホテルになっているようですが、
泊まったことがありません。


これで、
4つに分かれている大原美術館の紹介を終わります。


◎  倉敷街歩き 

大原美術館を紹介してきましたが、
それが一段落したので、
気ままな街歩きです。


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大通りから、
美観地区に入ると土産物店が並んでいます。



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その中の1軒。

妻はネコが嫌いです。
先日の夜、
ちょうどネコのブログを見ている所へやってきて、
「何見てんの?」
そしてパソコンの画面を見ると、
「ワーッ、ネコばっかり。。。気持ち悪い!」
逃げていきました。

翌朝、
昨夜は悪夢にうなされたとこぼします。
「夢にネコがゾロゾロと出てきて・・・」

その人が、
(さすがに中には入りませんが)
この店を何枚も撮っていました。
どういうこと???



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大原美術館の新渓園の門を出た道路。



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本通り。
美観地区とはちょっと離れた通りです。
壁は白いだけで、
ナマコ壁でありませんが、
戸や窓の格子と併せて風情満点です。
「倉敷格子」と呼ぶそうです。



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上の道路の反対側には、
こんな実生活の匂いもしています。



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こんな路地が沢山あります。



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上と同じ路地の写真かと、
自分でも見比べてしまいました。



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普通の街と同じような路地もあります。


◎  元チボリ公園 

JR倉敷駅の北側には、
かつて「倉敷チボリ公園」がありました。

元祖の「チボリ公園」は、
デンマーク・コペンハーゲンにある世界最古のテーマパークで、
童話作家のハンス・クリスチャン・アンデルセンが頻繁に訪れたそうです。

倉敷チボリ公園は、
「元祖」をモデルに平成9年に開園しましたが、
経営難のため平成21年1月1日午前1時をもって閉園。
その跡地にはアウトレットパークなどが開業しています。


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JR駅北口2階からの眺め。
この塔と周囲の歩道橋はチボリ公園の頃のままです。
その向うには観覧車やヨーロッパ風の建物があったのですが、
すっかり変わっていました。

チボリ公園はこの位置から見ただけで、
入ったことはありませんでしたが・・・



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塔の根元には人魚姫が座っています。
噴水で膝から下が隠されているので、
単なる裸婦像に見えるかも知れませんが・・・



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本場コペンハーゲンの人魚姫です。

人魚姫は普通、
腰から下が魚になっていますが、
この像は足首から先だけがヒレになっています。
置いてあるのはチボリ公園でなくて、
コペンハーゲン港です。



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街灯。

これも以前のままのようで、
メルヘンチックです。



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これは何の物語なのでしょうか?
夕方近い逆光の中です。



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店を見て回っているうちに、
夕焼けになりました。



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帰るころには日が暮れて、
電飾が灯っていました。



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塔も街灯も闇の中です。
正面はJR倉敷駅。

これからホテルへ戻ります。


◎  美観地区夜景 

ホテルは美観地区のすぐそばです。
ホテルへ戻る前に、
夜の美観地区をひと回りしてみました。


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土産物屋。

すでに店は閉じていましたが、
格子窓の内側に灯を点したり、
ライトアップしたり、
夜の観光のために、
サービスが行き届いています。



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大原美術館。

ライトアップされると、
一段とギリシャ風に見えてきます。



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倉敷川沿いの建物。

川面に影を落としていました。



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中橋と倉敷考古館。

ここは最高のビューポイントです。



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白壁の前の松。



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街灯。

ここの柳には、
葉が残っていました。



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白壁と倉敷格子。

料理屋さんの壁です。


◎  大橋家住宅(1) 

大橋家(国指定重要文化財)を見学しました。
大橋家は倉敷の大地主で、
苗字帯刀を許された家だそうです。


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家の裏側です。
写真が裏から始まるのはちょっと変ですが、
ホテルを出ると、
すぐ見えますので・・・



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1枚目の右側になります。
土蔵の右は大通りで、
それを歩いて、
左に折れて、
暫く行くと家の前に着きます。



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かつての長屋門です。
大橋家の入り口は提灯のところです。

現在としては細い道ですが、
この通りが、
倉敷のメインストリートだったのだそうです。



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ここから入ります。
入場料500円。(但し高齢者は300円)



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入り口を入ると、
1部屋あって(現在は受付)、
その先に暖簾が掛かっていて、
中庭があって、
母屋になります。

ここでおばさんがテープを回して、
建物の概略を説明してくれました。



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母屋のすぐ脇の米蔵。
この中に、
展示物が並べてあります。



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展示物の内のお雛様です。


次回に続きます。



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倉敷とは関係ありませんが、
おまけ写真で、
福寿草。


◎  大橋家住宅(2) 

大橋家住宅の続きです。


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母屋に入ると広い土間があって、
そこの壁際にオブジェみたいなものが飾ってありました。



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土間の反対側は座敷で、
帳場だと思われますが、
火鉢だけ撮りました。



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和洋混交の居間。



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奥座敷。
「こんな所で読書でもしたい」・・・とは思いません。
こういう所では落ち着かないのです。
もっと乱雑でないとダメなのです-----私は。。。



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上と同じ部屋。
振り向いて撮りました。
つまりお茶室なんですね。



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別の座敷。
昔の家ですから、
襖を外せば、
広い部屋になるのでしょう。
座敷が田の字に並んでいました。



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座敷の外に畳敷きの廊下があって、
ロッキングチェア(揺り椅子)が・・・
これは、ぜひ欲しいです。
これに腰掛けてウツラウツラしていれば、
窓からポカポカと冬の陽が射し込んでいるし、
極楽気分になれるでしょう。



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ここからはパンフレットから引用して、
倉敷の建築の解説です。

〔平目地瓦張〕
土蔵などに耐火と耐久性を持たせるため、
壁の表面を平らな瓦でタイル張りのようにしたもの。

〔なまこ壁〕
平目地瓦張に更に水の浸入を防ぐため、
目地に漆喰を盛り上げたもので、
その盛り上がり方が海鼠(なまこ)に似ているところから
このように呼ばれる。



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〔倉敷格子〕
上下に通る親竪子(おやたてご)の間に、
細く短い3本の桟が入っている。
上部は採光と換気に優れ、
下部は外からは見え難く、
中からは見え易い。



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(大橋家でなく、井上家という旧家ですが)

〔倉敷窓〕
採光と換気用の窓で、
格子窓の内側に引き戸がある。


◎  大橋家住宅(3) 

暗くなってホテルへ戻るとき、
大橋家の裏手を通ります。

2階の窓に何やら写っています。
影絵です。
登場人物が動いて紙芝居みたいです。

場面のところどころを撮ってきたものを、
こんなストーリーだったのかな?
とつなぎ合わせてみました。


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炬燵みたいですが、
最初は誰もいません。



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左側から男が出てきます。
右側から女が出てきます。

二人は近づき、
抱き合います。



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口づけを交わし、
そのまま右手に隠れます。



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暫くすると、
子どもを連れて登場し、
家族団らんの場面となります。

男女の出会い→結婚→子どもの誕生→家族の形成・団らん、
ということかと思うのですが・・・



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左端に、
雪だるまがある場面と、
ない場面があるのですが、
今となっては、
どいうことだったのか分かりません。



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中庭。(前回までに載せ残した写真です)

部屋数が多いので、
採光のためと思いますが、
狭い中庭がたくさんあります。

昔はあって、今はないのか、
昔からないのか、分かりませんが、
池があって、橋があって、築山があって、
というような大きな庭はありませんでした。



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シンガーミシン。

パンフレットにも写真が載っていますから、
よほどのお宝なのでしょう。


◎  観龍寺 

倉敷美観地区のすぐそばに鶴形山という丘があります。
そこに観龍寺はあります。
真言宗御室派の寺院だそうです。


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石段を登る途中で振り返ると、
和風の家並の向うに、
ギリシャ風建築の大原美術館が見えます。



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山門。

慶応2年(1866年)、江戸幕府崩壊前、
天領だった倉敷には、
長州藩の配下にあった第二奇兵隊の脱走兵約100人が攻め入り、
現在の倉敷アイビースクエアにあった倉敷代官所を襲撃したあと観龍寺に陣を張った。
脱走兵は兵糧と軍資金を調達し翌朝には出て行ったが、
左手鴨居門には槍の傷跡が現在も残っている。

(Wikipedia)
という歴史があるそうです。

上の山門には両側にくぐり門がついていますが、
その左側の鴨居に傷跡があるらしいです。
ブログを書きながら知ったことで、
寺を訪れたときには知らぬことでしたから、
傷跡の確認はしておりません。



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庫裏(だと思いますが・・・)



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本堂。



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本堂の向い側。
瓦屋根付きの低い白壁塀の向うには、
倉敷の街が見下ろせます。

小さな祠の紫の幔幕には「善通寺」(弘法大師誕生の寺)
と書いてありました。
5本の石柱が建っていますが、
内3本は弘法大師の供養塔です。
(1050回忌、1100回忌、1150回忌)



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上の小さな祠の裏手。
南天の葉が真っ赤でした。



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赤い実も残っていました。



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本堂の右隣にある太子堂と松の枝です。


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一昨日の「影絵」の写真が、
迫真の出来映えで、
勘違いされた向きもあるようなので、
種明かしの写真を載せておきます。


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ブロブに載せたのは裏2階の「影絵ショウ」です。
上は表の長屋門での「影絵ショウ」の種明かしです。
切り抜いたボール紙が障子戸の桟に画鋲で止めてあります。
室内(手前)から光を当てると、
外からは、そこに人や猫がいるように見えるわけです。

裏2階では人物像が横に動いてましたから、
横にスライドさせる仕掛けがあったものと思います。

長屋門の方は夜間に通っていませんので、
「影絵ショウ」は見ていませんが、
この仕掛けから判断して、
静止画像なのでしょう。
裏2階の「ショウ」は紙芝居的でした。


◎  倉敷の街灯・門灯(1) 

倉敷の街を歩きながら、
街灯、門灯などを撮ってきました。

昼間の撮影ですから、
ほとんど点灯していません。


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最後の1枚のように、
灯が点っていると、
やっぱり風情があります。

次回は、
点灯している写真をお見せします。


◎  倉敷の街灯・門灯(2) 

今日は点灯している街灯・門灯です。


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最後は、
ホテルのロビーの窓際に置いてあったスタンドです。

街灯でも門灯でもなく、
その上、
昼間の明かり。

こんなのを「昼行灯」と呼ぶのかも知れませんが、
「無用の用」というのか、
点灯されていることで、
ムードを醸し出していると思いました。


◎  倉敷の街灯(3) 

街灯の最終編です。
門灯はなしで、
街灯だけ。

当たり前のことですが、
街の中にある街灯は、
特別な場所とかでない限りみな同じです。

今日は同形の街灯だけで、
必ずしも街灯が主役でない場合もあります。


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街灯は申し訳程度です。
倉敷川と今橋。
橋を渡った左側が大原美術館です。

中央の白壁の建物は国重要文化財の大原邸。
街灯を挟んで右側の建物は、
大原家の別邸「有隣荘」です。



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倉敷川沿いの道。



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倉敷川と山茶花と街灯。
上の写真の対岸。



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瓦貼りの白壁と屋根瓦を背景に・・・



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火の見櫓と並んだ街灯。



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風見鶏と街灯。



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街灯はありませんが、
風見鶏をもう1枚オマケです。


◎  倉敷の小路 

倉敷らしい小路と町並みです。


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倉敷紀行を書きながら、
自分でも知識を積み上げてきました。

これは普通の格子であって「倉敷格子」ではありません。
2階の白壁をくり抜いた窓は「倉敷窓」のようです。



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「かまぼこ」は倉敷の特産品のひとつのようです。



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上の写真を撮って、
振り返った風景です。
ここにも蒲鉾屋さんが・・・
その向うは倉敷川です。



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小路というよりは大路になりますが、
白壁の建物が連なっています。



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倉敷ならではの小路。
両側の壁は「平目地瓦張なまこ壁」です。



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右側の塀は、
大原家別邸「有隣荘」です。



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旅館の横の小路。
小さいながらも見事な前庭があって、
食事ができるとのことなので、
ここで昼食を食べてみたいと思ったのですが、
「高そう!」と妻に反対されて挫折。



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右側のレンガの建物は、
アイビースクェア内の児島虎次郎記念館です。


◎  倉敷の町並み 

今までは、
美観地区や古い町並みなどを紹介してきましたが、
今日は普通の町並みです。
他の町と変わらない眺めですが・・・


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JR倉敷駅前広場。


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駅前の通り。
上の写真の左隅の道路です。



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駅から美観地区へ向かう歩道。



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駅近くから伸びる、
長いアーケード商店街。



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アーケードの果てる所。



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果てたその先。
普通の店が並び、
普通の生活が繰り広げられています。



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とはいっても、
街角には、
大原美術館の所蔵作品の複製が、
ひょいと置いてあったりします。
(ルオーの『 呪われた王 』)

以前に泊まったホテルの部屋には、
これも大原美術館所蔵の、
マチスの『画家の娘』が飾ってありました。


◎  倉敷紀行の終わり 

滞在48時間ほど、
2泊3日の旅の紀行を、
延々と綴ってきましたが、
載せ残した写真を並べて終わりとします。


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倉敷駅南口歩道橋鉄柵。



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昼食に入った和食レストラン。
窓の上に棚を作って、
ずらーっと鉄瓶が並べてありました。
ほんの1部分です。



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倉敷の銘菓らしいですが、
写真を撮っただけで、
買わず、食べずでした。



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備前焼窯元店先。



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アイビースクェア内の陶芸教室前。



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ホテルの吹き抜け。
ちなみに泊まったのは最上階の11階でした。



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駅の北側にあるショッピングセンターの
休憩エリアの窓際にぶら下がっていました。
シャンデリアなのだろうと思いますが・・・



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