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Photo & Essay

◎  曼珠沙華(1) 


曼珠沙華群生地の端っこに到着
これから湾曲した高麗川のほとりを進んで行く


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用水ほとりの曼珠沙華

まだ群生地ではないが
赤い曼珠沙華が咲いている


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群生地の外

この辺はまだアプローチで
入場料を払うのはもっと先に行ってからだ

自転車やバイクの人は
この辺で乗り捨てて
曼珠沙華見物に行くのだろう


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いよいよ群生地に入った

◎  高麗川の流れ 


「巾着田」の名は
高麗川が巾着型に・・・
つまりギリシャ文字の「Ω」の形に
湾曲していることによる

高麗川は埼玉県の狩場坂峠付近から流れ出し
巾着田をめぐり
越辺川に合流
それが入間川に合流し
最後は荒川に合流している


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高麗川

鹿台橋からの眺め
この橋を渡り
「Ω」の湾曲部に進むと
曼珠沙華の群生地になる
(写真の左奥)


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鹿台堰

1枚目よりちょっと下流に進むとこの堰がある
高麗川の水を巾着田に引き込むためとのこと


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小さな滝

「滝」とは大袈裟だが
高麗川から引き込まれた用水の流れ

◎  高麗駅から巾着田へ 


今日は秋分の日〜秋の彼岸である

彼岸といえば彼岸花〜曼珠沙華
曼珠沙華といえば巾着田

500万本を誇る巾着田の「曼珠沙華祭り」
今年は中止
開花前に全て刈り込んだそうである

2016年に撮ってきた写真のほとんどが未掲載だったので
それを引っ張り出してきた

西武秩父線高麗駅で下車
巾着田に向かった


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将軍標

高麗(こま)駅前には
「天下大将軍」と「地下女将軍」の2本が立っている

この辺り一帯は
かつて高麗郡を呼ばれ
古代朝鮮半島にあった高句麗からの渡来人が住んでいた

駅から小一時間歩いた所に高麗神社があり
巾着田を巡って流れる川は高麗川であり
今降り立った駅名は高麗駅という具合に
「高麗」の名が残っている

「将軍標」は朝鮮半島に古くから伝わる習俗です
胴に記された『天下』『地下』の文字は目に見える世界から目に見えない世界まで
すべてを守る事をあらわし
村の入り口で魔を威嚇し
その侵入を防ぐことから
人々は魔よけ、災害防除、家内安全を祈願してきました
高麗地域の歴史、文化、観光の活性化を図るために
高麗駅前広場に将軍標を再建しました

(案内板より)

駅を後にして巾着田に向かって歩いた


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野菜籠

曼珠沙華を見に来る人たちの通り道には農産物の店が並んでいて
観賞用の野菜籠なども売られている


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鶏頭

民家の前に咲いていた



◎  上野公園(6) 


黒田記念館〜国際子ども図書館前を通って来たのは
鶯谷駅へ道だった

途中でスカイツリーを見て
鶯谷に来た

電車は谷底を通り
道路は線路を跨いでいる


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スカイツリーを望む

富士山が見えると
かなり遠くても嬉しく思い
カメラがあれば向ける
スカイツリーも富士山に似たところがある


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京浜東北線

鶯谷駅そばの橋から見ていると
どんどん電車が通る
左側は山手線

都内へは1月に行ったっきりだから
電車が懐かしい

これにて
昨年9月の上野公園散策を終わります

◎  上野公園(5) 


黒田記念館の前を過ぎて
国際子ども図書館の前に来た

国際子ども図書館は
国立国会図書館法に基づく我が国唯一の国立の児童書専門図書館として
国内外の豊富な資料と情報資源を活用し
子どもの本に関わる活動や調査研究を支援することにより
「子どもの本は世界をつなぎ、未来を拓く!」という理念の実現を目指します

(同館HPより)


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国際子ども図書館エントランス

煉瓦作りの部分は「レンガ棟」と呼ばれ
明治・昭和・平成の三つの時代に造られた建物が一体となっている
それを保存利用しながら
新しい機能と空間をあわせもつ図書館として再生された

改修の施設設計は安藤忠雄氏が担当し
旧建物を貫くガラスボックス(エントランス、カフェテリアなど)が設置された


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小泉八雲記念碑

小泉八雲が何故ここに?
詩人・土井晩翠が東京帝大時代の小泉八雲の教え子だったことから
その土井晩翠の子息の遺言によって
昭和10年帝国図書館前庭に建立された
その建物が現在「国際子ども図書館」になっているので

記念碑は
下部の小泉八雲のレリーフと
上部の天使が壺を囲む像とからなっている


◎  上野公園(4) 


芸大を出て帰途についた
向かうのは上野駅でなく鶯谷駅

芸大の近くにある
黒田記念館の前を通った

黒田記念館は
洋画家黒田清輝(1866-1924)の遺言と遺産によって建てられ
黒田清輝の油彩画約130点、デッサン約170点、写生帖などを所蔵している


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入口脇の壺


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入口の照明


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前景

目についたもの(1、2枚目)を撮っただけで
建物の写真がなかったので
Netでお借りしてきた
入口両脇の上下に照明と壺が見える


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湖畔(黒田清輝の作品)

同館所有の絵で
切手の図柄になったことでも有名

◎  上野公園(3) 


美術学部入口の
右に美術館
左に陳列室がある

陳列室では
美術館とは別の展示がされるのだが
この日は何もなかったようで
入口前の飾電燈だけ撮って
その奥に進んだ


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陳列館前の飾電燈

かつて皇居二重橋に設置されていた
飾電燈4基の内の1基


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百鬼夜行展ポスター

陳列館の奥にある
芸大アートプラザで開催されていた展示会

妖怪が多数陳列されていたが
撮影禁止だったのか
遠慮したのか
写真は1枚もない

◎  上野公園(2) 


上野駅から
東京都美術館前を通り
昨日の奏楽堂前を過ぎて
芸大に到着

道路を挟んで
北側に音楽学部
南側に美術学部と芸大美術館がある


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美術学部入口

入るとすぐに美術館がある
それを見た後
庭園を散歩した


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岡倉天心像

庭園の真ん中辺に四阿みたいなのが立っていて
その中に銅像がある

岡倉天心(1863年〜1913年)は
明治維新の直前横浜に生まれ
明治10年にできた官立の大学・東京大学の第一期生として
森鴎外などと一緒に入学

アーネスト・フェノロサなどと組んで
日本の近代美術行政を開拓するようになり
国宝制度や東京美術学校などをつくり上げた


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材木

木陰の草むらに置いてあった
いつの日か
何かを彫るために
枯らしているのだと思う

どんな像が生まれ出るのだろうか?


◎  上野公園(1) 


昨年9月13日に上野に行った
芸大美術館で「円山応挙から近代京都画壇へ」という展覧会を見たようだが
どんな絵を見たかすっかり忘れてしまっている

作品リストを見ると
円山応挙、与謝蕪村、長沢芦雪、竹内栖鳳、上村松園などの名がある
その他に呉春、岸駒などの名もあるが
このお二人はテレビのお宝番組で知った名である

展覧会の写真はないが
行き帰りに撮った写真を少々・・・


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旧東京音楽学校奏楽堂の門

本館は
東京藝術大学音楽学部の前身
東京音楽学校の校舎として
明治23年(1890)に建築され
日本における音楽教育の中心的な役割を担ってきました
2階の音楽ホールは
かつて瀧廉太郎がピアノを弾き
山田耕筰が歌曲を歌い
三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台です

(HPより)


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奏楽堂前景

ずいぶん昔中に入って見学したが
その後は改修工事で入れないとか・・・
そんな時期もあったが
今ではニューアルして見学できるらしいし
演奏会も時折あるらしい

この時は写真を撮っただけで
入っていない

◎  昨年の西新宿(4) 


レオ・レオーニ展を見て帰宅する
帰路は地下道を通らず・・・


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旧青梅街道

正面は行き止まりだが
地図を見ると「旧青梅街道」と書いてある
かつて鉄道線路なんかなかった頃は
まっすぐ突き抜ける道があったのだろう

突き当たりの左は思い出横丁である


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思い出横丁

ここを通り抜け(通っただけ!)
新宿大ガードを抜けて
西武新宿駅へ


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西武新宿駅前

何か催しがあるらしく
柵で囲っていたのは記憶しているが
その向こうにカメラマンがいたことには気付いていなかった
もし気付いていれば私も同じ方向にカメラを向けてみたと思うが・・・


これで2019年9月5日の西新宿は完了


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